名前 :河原田 清和

生年月日 :1963年5月13日

住所 :クパティーノ、カリフォルニア

飛行機の資格 :FAA ATP(エアライントランスポートパイロット)、CFI (公認飛行教官)。

現在サンノゼにある飛行機学校で日本人に飛行機免許の取得のお手伝いをさせてもらっています。

ビートルズファンでギターを弾くのが趣味です。

こだわり

髭剃り

シックインジェクター
子供の頃、テレビのCMで見て「これは凄い」と感心していました。そして「大人になったら使おう」と決意したものです。滋賀県長浜市に就職してすぐ、近くのスーパーで発見、とうとう買いました。今でも愛用しています。

ただ、最近はシックも他の型が主流で、インジェクターは製造中止。今では替え刃を見つけるのが大変です。「電気かみそりにしたら?」と勧められますが、そうはいきません。やはり手動で、泡をつけて剃った時のあの爽快感は電気では味わえません。手動でも、刃を買えるときのわくわくする気持ちはインジェクターでないと。本家の替え刃はどうやら「ファイザー」が製造しているようですが、通販でないと手にはいらず困っていました。

ところが別のところからも発売されているのを発見!「ロングスドラッグ(現CVS)」が自社ブランドで替え刃を出していたのです。これは近くのスーパーで買える!おかげで今でも現役です!

ギター

リッケンバッカー320.
アメリカに来てから、ギターセンターで買いました。もちろんジョンレノンのギターです。彼の325とは、トレモロアームのあるなしが違うのですが(他にも微妙な違いあり)ちゃんとショートスケールでそっくりです。

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ラーメン

天下一品!
賛否両論あると思いますが、私は大の10乗くらい好きです。あのこってりだしさえがあればご飯を何杯でもおかわり出来ます。
アメリカで、おいしいと評判のラーメン屋に行く度、失望します。いいセン行ってるというのは分かりますが、ついつい天一と比べてしまうのです。ただし、ベトナムラーメンは別。これは全く別の食べ物だ、とどこかで思っているので、比較の対象になりません。だから迷い無くおいしく食べられます。

餃子

王将です!京都ではらぺこの高校時代を過ごしたものにとって、王将は強い味方。ラーメンの天一と並び、唯一無二の存在です。

ご飯

滋賀県山東町産コシヒカリ。
教員時代、後輩の先生(農家です)に招かれてお家にお邪魔しました。焼肉を用意してくれて食べ始めましたが、一緒に食べたご飯がおいしい!

びっくり!

私は味音痴なんで、普段何でもおいしいと思って食べていますが、このときはそんな私でもわかった。それほどうまいんです。違いが歴然。断っておきますが、ご飯のことを言ってるんです。焼肉ではなく(もちろんこれもうまかったが)ご飯がとってもうまい!
おかずなしでも何杯も食べられる。ふりかけも何もいらない。お米を炊いたご飯だけを食べてこんなに感動したのは初めてでした。
不思議に思って聞いたところ、取れた手の新米を、湧き水で炊いた、というのです。昔ながらの方法で炊いた、シンプルながら、これほど私の心にインパクトのある食べ物はそうそう無いです。

トマト

以前マウンテンビューに住んでいたときのこと、下の部屋のおばあさんが、庭で取れたトマトを分けてくれました。ああトマトか、くらいにしか思ってませんでした。ところが、妻が切ってくれたそのトマトを一口かじったとたん、頭を波動砲で撃ち抜かれたような衝撃が走りました!何だこの味は?こんなに甘く、おいしいトマトがあるのか。今まで食べていたトマトってなんだったんだ。まさに目から鱗が洪水のように音をたてて落ちていきました。こんなに心を揺さぶる食べ物があった。しかも何の調理もしていないトマトが。

そういえば、「おいしんぼ」という漫画で究極のサラダ対決というのがありました。主人公チームが、ドレッシングに改良を重ねてきたのに対し、相手方(主人公の父)が出したものは、盆栽のような木になったトマト。それを手でもいで食べろというシンプルなものでした。
ところが、審査員はそのトマトに感動!「これが本当のトマトの味だ」と涙するのです。漫画だと思っていたことがわが身に起こり、決してあの漫画が誇張ではないと言うことを悟りました。

今までスーパーマーケットで買っていたトマト。農業大国カリフォルニアならではの合理的な方法で作られていたものです。広大な土地に、飛行機で種をまき、農薬をやり、機械で水をやり大きく腹持ちいいのですが、いつのまにか本来の味を失っていったのです。
いつのまにか、それに慣れてしまった私は、トマトに関して何の期待も抱かず、無感動になっていたのでした。

そんな時です、そのトマトをもらったのは。下の部屋に住んでいたおばあさんは、庭の小さな菜園を毎日心をこめて世話をしていました。水をやったり、虫を取ったり。たいそうな手間で、多くは作れません。この手間ひまと、愛情の掛け方が本当のトマトを育てたんだと思います。父の滋賀県の実家も農家でしたが、小さい頃夏休みに言った時に、こういう味の濃いトマトを食べさせてもらったことを思い出しました。

合理的な大量生産の中で、トマト本来の味が失われていっていることがとてもさびしいですね。そのことに気付く機会のない人は、知らぬが仏で幸せなんでしょうが、私は下のおばあさんのトマトにめぐり合えて幸せです。どんな高級レストランでもあれほどの感動はくれないでしょう。山東町のお米といい、このトマトといい、自然と言うのは我々にすばらしい恵みをくれていたのです。
その何年か後、訪ねたときに、そのおばあさんが亡くなったという事を聞かされました。忘れることの出来ない恩人です。